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April 12, 2013

中俣下川踊り (鹿児島県垂水市) ID:1365746158カテゴリー » 郷土芸能(民俗芸能)

 垂水市中俣地区に伝わります「中俣下川踊り」について、保存会会長の迫田則行様にお聞きすることが出来ました。
「中俣下川踊り」は、毎年 今宮神社に奉納されて7月22日の六月灯で踊られます。それに、敬老の日に踊られています。また、垂水市の要請があった時などにも踊られます。
「中俣下川踊り」の由来は、四百年位前に中俣の殿様が、伊集院から持ってきて踊るようになったとされています。「水神踊り」ともいわれ、水神を祭り雨乞いをして豊作を祈って奉納されて、地域住民によって踊り継がれてきました。現在は、中俣下川踊り保存会で引き継がれています。
中俣下川踊りには、小学校入学前までの子供が踊る「稚児踊り」(奴踊り)・女が踊る「女踊り」・男が踊る「男踊り」の三部で構成されています。すべての踊りに三味線・太鼓・鐘・鼓の鳴り物が入ります。
迫田会長のお話では、現在23名によって活動していますが、踊り手が男だけですので「男踊り」を中心に活動しています。踊らせて欲しいとの要望もあったりと、人手不足はありません。近くの協和小学校の5年生にも教え伝えているそうです。
 今回、お話をして頂きました迫田会長には、本当にありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします。
  (写真は「中俣下川踊り」と「保存会の皆さん」今宮神社です)
                                  
扇寿堂
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November 29, 2012

利永琉球人傘踊り (鹿児島県指宿市) ID:1354172706カテゴリー » 郷土芸能(民俗芸能)

 指宿市山川利永地区に伝わります「利永琉球人傘踊り」(市指定無形民俗文化財)について、区長の畠中正彦様にお聞きすることが出来ました。尚、保存会会長は西元志農夫 様です。
 「利永琉球人傘踊り」は、開催日は特に決まってはいません。小学校区の運動会・催し物・指宿市からの依頼があった時などに踊られています。
 「利永琉球人傘踊り」について、市教育委員会の資料によりますと、次のようにあります。
「琉球踊は、鹿児島湾沿岸各地に分布しており、琉球貿易の要地であった山川港を中心とする指宿・開聞地方は、琉球踊の重要な伝承地でありました。利永は、山川港滞在中の琉球使節一行の枚聞(ひらきき)神社参詣の道筋にあたり、使節一行に接する機会も多かったと思われます。
利永の琉球人傘踊りの歌詞は、二百数十年前の琉球古典音楽「上り口説」が、その源流と考えられ「傘踊り」と「かれよし踊り」の二つからなっています。
 この利永琉球人傘踊りは、薩摩と琉球の交流を示す貴重な民俗文化財です。利永では、昔から地区のめでたい行事の時に踊られています。」
 畠中さんのお話によりますと「現在は人手不足もあり、利永小学校や山川中学校の利永出身の生徒達によっても踊られる」そうです。
 今回、お話して頂きました区長の畠中さんには、本当にありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします。
(写真は「利永琉球人傘踊り」と保存会の皆さん、枚聞神社です)

                                  
扇寿堂
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September 18, 2012

大里虫追い踊り (鹿児島県いちき串木野市) ID:1347949529カテゴリー » 郷土芸能(民俗芸能)

 いちき串木野市大里地区に伝わります「大里虫追い踊り」(市指定無形民俗文化財)について、保存会会長の溜池邦雄様にお聞きすることが出来ました。
「大里虫追い踊り」は、毎年秋分の日の9月23日に大里地区の十数箇所の奉納場所で踊られます。特に思案橋奉納場所から払山踊場までは、楽を鳴らしながら田んぼのあぜ道を通って「実盛塚」のそばを通り奉納場所である払山踊場まで向かいます。払山踊場では、鶴ヶ岡八幡神社の方向に向かって踊られます。その他、様々なところからの要請があり イベントや催し物などでも踊られています。
「大里虫追い踊り」の由来は、源平時代の武将 斉藤別当実盛が晩年、平維盛に仕え源義仲を討つ戦で乗っていた馬が不運にも稲の切り株につまずき落馬したところを敵の武将 手塚光盛に討たれました。その実盛の怨霊が稲虫となって稲に害を及ぼすようになったと云われいます。その虫の名を「実盛」と言い、その虫を追い払う行事を「実盛送り」と言い 日本各地に伝わっています。市来地域の水田「大里たんぼ」に「上(かした)ン実盛ドン」下(しい)実盛ドン」と呼ばれる塚があり、この大里の「虫追い踊り」も上・下の実盛塚への奉納と「大里たんぼ」の豊作を祈願して踊り継がれてきたと云われています。しかしながら、大里虫追い踊りが、いつから始まったかは定かではありません。
 戦後長く途絶えていましたが、有志によって昭和38年に復活され、地元若者でお盆の期間に踊られてきました。
 虫追い踊りは、踊り手は太鼓と鉦を持ち、太鼓は白ズボンにひざから下にはシュロの皮を付け、白の鉢巻を締め太鼓を胸に抱え長い矢旗を背負います。鉦は浴衣がけに白足袋・草履を履き、頭に花笠をかぶります。
 溜池会長のお話では、「近年後継者不足により存続を危惧した時期もありましたが、地元の若者と市来農高生及び県内各地からの農高OBの応援をもらいながら、今は 下は幼稚園生から上は80代までと幅広い方々が参加してくれて、実りの秋を迎える秋分の日に踊り継がれ今日に至っています」とのことでした。
 今回、お話して頂きました溜池会長には、本当にありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします。
 (写真は「大里虫追い踊り」と払山踊場へ向かう途中・「実盛塚」です)
                                  
扇寿堂
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August 08, 2012

小松原道楽踊 (鹿児島県南さつま市) ID:1344409350カテゴリー » 郷土芸能(民俗芸能)

 南さつま市加世田の小松原に伝わります「小松原道楽踊」について、保存会副会長の鮫島 格様にお聞きすることが出来ました。
 「小松原道楽(みちらく)踊」は、以前は旧紀元節の2月11日、お伊勢講の日に踊られていましたが、現在は八幡神社に奉納して踊られ、開催日は決まっていません。市からの要請・集落の夏祭り・祝い事・文化祭などで踊られることが多くなりました。地元では、小松原道楽踊のことを「みっちやっ」と呼ばれています。
「小松原道楽踊」の由来は、古老の伝えるところを総合してみると、日本古来の風習であった伊勢参りが起源で、この踊りの始まりは400年くらい前からと云われています。
以前は、加世田一帯では旧紀元節の2月11日には、お伊勢講といって各集落 各様のお祭りが行われてきました。小松原のお伊勢講は独特で青年団を年齢別に 脇・客・籤と三段にして三年目に一度あって、三つの任務が一つずつ回ってくるようになっています。脇年齢の者は料理その他準備役、客はただのお客役、籤はその年の中心で、一つの当り籤を一つずつ取り、引き当てた者が氏神・恵比寿宮などをイセコー(オイセコ)のマメコ(マイロウコ)のエイエイボーのかけ声勇ましく回り、集落の安全を祈り その当り籤の者が、一年間お伊勢講様を自宅でお祭りする風習が現存しています。
お伊勢参りは、日本古来の風習でありますが、薩摩の南端からのお参りは大変なことであったと想像できます。それで、この祭りは集落の青年を毎年一人お参りさせる選出の方法が残り、いつの世代からか、一つの行事として今日に至っています。
 小松原道楽踊は、伊勢参りに選出された代表者が出発の際、又は 帰りの途中までの送り迎えの時に踊ったものと云われています。送るときは長い道中の無事を願い、帰国の時は伊勢神宮の荘厳な聖域ににふれ、無事神符をもらって帰ってきた代表者を心から喜ぶ、昔の素朴な村民の感情を表したものです。
 小松原道楽踊には、唄がありません。おおよそ、踊りには唄がつきものです。この踊りは、三味線・太鼓・鼓・鉦の独特なリズムにのって、先頭の奴姿に長柄の箒を持った青年が道を開きつつ進み、次に女装の青年が手に日の丸の扇を 又は呼び竹を鳴らしながら「ハーイヤハー」のはやしをかけつつ踊り出してきます。この姿は、日本古来の美しさを見出すことができるようです。
 最後に、鮫島副会長のお話では 人手不足もありますが、この前は踊りが好きだという小学生の参加があり、今後も若い方々の参加が増えていってくれればとのことでした。
 今回、お話して頂きました鮫島さんには、本当にありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします。
 (写真は「小松原道楽踊」と八幡神社です)
                                 
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July 13, 2012

一倉鎌踊り (鹿児島県鹿児島市) ID:1342158530カテゴリー » 郷土芸能(民俗芸能)

 鹿児島市喜入町一倉(ひとくら)地区に伝わります「一倉鎌踊り」について、保存会会長の中道重則様にお聞きすることが出来ました。
 「一倉鎌踊り」は、明治36年頃 頴娃町青戸(現 南九州市頴娃町)の宝代 五郎兵衛(ほうだい ごろべい)さんが、当時の青年に教えたのが始まりと云われています。
一時途絶えていましたが、昭和56年に一倉小学校の百周年記念行事の一環として鎌踊りと三尺棒踊りを習い、それ以降 今日まで受け継がれてきています。
 現在は、一倉小学校の二十数名の全児童によって 地域の運動会や文化祭などで踊られています。また、市からの要請があった時や、地域の公民館の落成式などでも踊られました。
 会長の中道さんは、今後とも末永く この郷土芸能を後世に伝えていきたいとのことでした。
 今回、お話して頂きました中道会長には、本当にありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします。
 (写真は「一倉鎌踊り」と保存会の皆さんです)

                                 
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